こんばんは、しろもじです。
本記事はYoutubeに投稿した同タイトルの動画のテキスト版になります。
言ってることはほぼ一緒なので、お好きな方をご覧くださいませ。
立ち転けマスター!?
クロスカブに乗り出して約5年、CBR250RRでは1年ちょっと。
クロスカブで1回、CBRでは2度の立ち転けを経験してきましたが、先日3度目となる立ち転けをしてしまいました……。
今回は立ち転けというよりは「走り転け」。
長くまっすぐな坂道を下っているとき、ふと脇見をしてしまい前の車に激突しそうになり、既のところで止まったものの最後の最後で転けてしまうという失態をかましてしまいました。
被害自体はそこまで深刻ではなく、右のウィンカーが陥没したのとブレーキレバーが少しだけ曲がったくらい。
ボディも少しは傷が入っていると思うのですが、前の立ち転けのと区別がつかないので、正直分かりません。
一応、2度の立ち転けの結果、どんな感じになっているのか写真を貼っておきます。
初めての立ち転けで曲がったギアペダル。
出先だったので、バイク屋さんまでの道のりがきつかった……。
マット塗装の最下部付近も出っ張ってるらしく傷まみれに。
もうちょい上の方が傷の被害はでかい。
陥没したウィンカー。
ウィンカーは毎回必ず陥没します。東南アジア仕様だとこのウィンカーは装備されておらず、ポジションライトがウィンカーと兼用になってるそうなので、日本仕様もそっちがよかったなぁと思ったり(笑)。
そしてこれはクラッチレバーですが折れてます。
ちなみに左側を倒したときにブレーキレバーも折りましたが、相当慌ててたようで写真撮るの忘れてました。
ミラーも傷が。
後はハンドルのバーエンドも傷が入っています。
これは社外品に変える予定です。
という感じで、それなりに被害は甚大です。
バイク歴では約5年とまだまだ若輩者の私ですが、立ち転け歴では既に4度とこちらはそれなりにベテランの域に達しつつあると言っても過言ではないのではないでしょうか?(多分)
そんな立ち転けマスターな私ですが、立ち転け当初は死ぬほど凹んだりもしたものの、それほど長く引きずっていなかったりします。
それはある経験があったから……なのかな?
傷をつけられて激怒からの猛反省の過去
もう◯◯年も前の話ですが、十代の頃の話。
当時流行っていたミニコンポというステレオセットが家にあったのですが、これをある人に傷つけられたんですよね。
で、そのとき凄く怒ったんですよね。
今ではすっかり牙を抜かれた穏やかな性格の私ですが、当時は本当に瞬間湯沸かし器で、ついカッとなってしまったわけです。
でも瞬間ですから冷めるのもあっという間。
すぐに「言い過ぎたごめん」と謝り、相手も「ううん、こちらこそ」となったわけですが、やっぱりしばらくは微妙な感じになったんですよね。
今でも人を傷つけてしまうことは絶対ないとは言い切れませんが、このとき「一度傷ついた人間関係は、絶対に元には戻らない」ということを学びました。
そしてそれは人間関係だけではなく、人の心、更に言えば自分の心にも言えることで。
ブレーキレバーを折っても折れない心のつくり方
今回のように立ち転けなどをしてしまい、大切なバイクに傷が入ってしまうとどうしても凹んでしまいます。
一生懸命働いて貯めたお金で買ったわけですから、それは当たり前の話。
でもそれで自分を責めて心を痛めてしまっては、元も子もありません。
先ほども書いたように「一度傷ついた心は、絶対に元には戻らない」からです。
恐らく「そんなに大げさに考えることはないのではないか」と思われる方も多いのではないかと思われます。
でも、ちょっとした傷が少しずつ蓄積して、ある日突然決壊してしまう……そんなことは往々にしてあるわけです。
一応補足しておきますが「物を大切にしなくてもいい」という話ではありません。
でも「一番大切なものは何なのか?」といえば、それは物ではなく心であるというのは、間違いないところでしょう。
今回の私のようにカウルに傷が入ったり、ブレーキレバーが折れたりしても、お金を払えば元に戻ります。
でも傷ついた心は二度と元には戻りません。
ですので「お金で解決できる問題は、そこまで深く考えない」というのが大切ではないかと思うわけです。
まとめ
色々考えることの多い現代。
もちろん「どうしても避けられない問題」というのもありますし、むしろそっちの方が多いのかもしれません。
でも「あえて考えない」という選択肢を選ぶというのも、必須スキルだと私は思うんですよね。
そして「バイクが傷ついた」は、まさにその筆頭であると思うんですよ。
お金さえ払えば、元に戻るんですから。
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